撹拌講座 貴方の知らない撹拌の世界

初級コース その5 動力変化で流れが見えますか(前編)

前回の講座では、 「撹拌槽は巨大な粘度計である」こと、 そして「運転中の動力変化で、 撹拌槽内の流体について多くの情報(ニュートン流体か非ニュートン流体か?乱流か?層流か?邪魔板はあるか?)を知ることができる」ことをお伝えしました。
今回は、 より実践的にポイントを理解していただくため、 ある化学工場の生産現場を想定し、 お話ししてみましょう。

ケーススタディー :
とある化学工場にて

この化学工場には、 R1槽とR2槽と名付けられた最近導入されたばかりの二基の撹拌槽があります。 どちらも液量10m3で、 容器や撹拌翼のサイズ、 モーター容量、 回転数まで同じです。 しかし、 運転粘度がR1槽は1mPa・s、 つまり水とほぼ同じなのに対して、 R2槽はその100倍の100mPa・sという違いがあります。

この二基の前で、 二人の社員が会話をしています。 メガネを掛けた真面目そうな青年は、 マックス君。 入社3年目のケミカルエンジニアです。 大学では撹拌技術について学んだ彼が、 入社10年目のベテラン製造スタッフ、 ナノ先輩から何やら質問されているようです…

ナノ先輩

先月からようやく商用運転に入ったよ。
二基とも順調に稼働している。やれやれだ。

マックス君

この機器の導入は、私の初仕事でした。
本当にほっとしています。

製品はどうにかできているのだが、実は二つ程相談があってね。
意見を聞かせて欲しいんだ。

はい!なんでしょうか?

運転時のモーター消費動力の件と、回転数を少し上げたい件なんだけど・・・

まずモーター消費動力について…二基とも同一条件で運転していて、違いは粘度だけなのに、粘度が100倍も高いR2槽の方が、運転動力がR1槽より低目になっているんだ。
モーターの不具合だろうか?それとも計測器の不良だろうか?どちらにせよ、早めに確認して修理したいんだけど、どう思う?

あと、回転数を上げたい件なんだけれど、R2槽の運転動力は定格の4割くらいでまだまだ余裕があるから、明日の運転では撹拌翼の回転数を1.5倍まで上げてみようと思うんだ。
製品は非ニュートン流体だから、回転数を上げれば見かけの粘度も下がって負荷も下がるんじゃないかと思ってね。
もし問題が無いようであれば、こっちはすぐに現場に指示を出すよ。

さて、 貴方がマックス君なら、 どう答えますか?

ナノ先輩は工場全体の様々な装置の面倒を見ており、 撹拌槽の知識は多くありません。 また、 非常に多忙な人で、 「すみません、 PCでシミュレーションして、 明日にでもメールします。 」とは言いにくいところ。 。 。
皆さんの周りでも、 よくある状況ではないでしょうか。

この質問、 一見難しそうですが、 撹拌槽内の流動に関しての簡単な決まり事さえ知っていれば、 その場で即答できる内容です。
では、 撹拌槽内のこの図を念頭に、 模範解答を見てみることとしましょう。
さぁ、 目指せ「現場で聞かれて、 現場で判断を下せるエンジニア」!

図1 撹拌槽内のバッフル形状

撹拌槽内のバッフル形状

モーター消費動力については、心配いりません!
モニターに出力されている動力は間違っていません。動力の違いは撹拌槽の内部に配置されているバッフル、つまり邪魔板による違いです。

R1槽は低粘度用ですから平板バッフル4枚ですが、R2槽は中粘度用ということもあり、バッフル裏面の滞留・付着低減のためにパイプバッフル2本にしています。このバッフル条件の差で動力数が変化した結果、消費動力が異なってくるのだと思います。

えっ、バッフル条件が違う?
現場のメンバーは外観しか気にしないから、私も含めて、てっきり一種二基の同一撹拌槽だと勘違いしていたよ。

撹拌槽が10m3サイズの場合、粘度が1~100mPa・sの範囲であれば、どちらも「乱流域&バッフル付き」条件で慣性力支配となるため、動力は粘度によらず密度の1乗に比例します。ですから、100倍の粘度でも動力が上昇することはありません。

なるほど。撹拌槽の流れが容器と翼とインターナル(バッフル等)の三位一体で決まるとはこの事なんだね。ありがとう。
回転数を上げてみる件についてはどう思う?

回転数を1.5倍にすると、モーター定格を大幅に越える過負荷運転になってモーターが確実にトリップしてしまいますよ。
今の運転条件では動力は密度の1乗と回転数の3乗に比例します。ですから、回転数を1.5倍にすると、動力はその3乗で3.4倍になってしまいます。

そうか、回転数を少し変化させるだけで、動力は大幅に変わるんだね。
これからは気をつけるよ。

現状の負荷率が4割で、負荷率8割を狙うとすると、1.2倍程度の回転数アップが良いところだと思います。
また、慣性力支配の領域では粘度の変化は動力へは影響しないので、非ニュートン流体であっても過負荷に関してはまったく怖くないです。1.2倍の回転数がメーカー設計時の範囲内であれば問題ないと判断します。

いかがでしょう。 マックス君、 なかなかやりますね。
しかし、 バッフルや乱流、 慣性力支配などなど、 いきなり馴染みのない単語が出てきてちょっと理解しにくいかもしれません。
ですが、 マックス君の回答は撹拌の古典的なグラフ(Np-Re:エヌピーvsレイノルズ曲線)の意味を知るだけですぐに理解できる、 撹拌の常識なのです。

図2 Np - Re 曲線

Np-Re曲線

この決まり事を知ることで、 回転数を変化させた場合の動力変化の度合いから、 現在運転している撹拌槽の内部の流動状態が頭の中にイメージできるようになります。
これこそ、 「現場で聞かれて、 現場で判断を下せるエンジニア」となるための大きな一歩です。
それでは、 次回「動力変化で流れが見えますか(後編)」で、 まずは撹拌の流動に関する決まり事を知ることから始めましょう。 簡単なグラフと数式を用いて、 模範解答の導き出し方を分かり易くご説明します。 では、 また次回。

動力の変化から撹拌槽内の流動状態がイメージできるようになろう!

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