撹拌講座 貴方の知らない撹拌の世界

実践コース その1 運転液量、 粘度、 密度の3情報で、 撹拌槽の基本仕様をすぐ決めろ!

始まりました!「撹拌講座SEASON Ⅱ(実践コース)」の開講です。
本実践コースでは、 研究開発や生産現場でのより実践的な場面を想定し、 撹拌槽のメーカーやユーザーのエンジニアが、 装置を計画・設計・選定する場合に「どんなことを考えているのか?」をご紹介していきます。 これらの考え方が、 エンジニアの皆さんの今後の問題解決の手助けになれば幸いです。

さて、 記念すべき第1回は、 撹拌槽の基本仕様決定時の思考ステップについてお話しましょう。

ケーススタディー:
とある撹拌装置メーカーのオフィスにて

ここは、 とある撹拌装置メーカーのオフィスです。 営業のウエダ所長の声が部屋中に響き渡り、 一人の青年が何やら詰め寄られています。 この青年は、 ブレンディ君。 見た感じ今どきの若者ですが、 世界一の撹拌エンジニアを目指すべく秘めた情熱を持つ若手エンジニアです。

ウエダ所長

この前頼んだ仕様と見積を早く出せ!最短だって言っただろ!

ブレンディ君

ですが…、お客さんからの仕様が全部揃ってなくて…

あかん!あかん!予算取りだから概算でいい!何とかしろ!

うぅ…困ったなぁ~。だいたい、ウエダ所長っていつも無茶振りなんだよな(ブツブツ)

そこへ、 この状況をみかねたベテランエンジニアのナノ先輩が声を掛けてきました。

ナノ先輩

手持ちの情報だけでも基本仕様は出せるはずだよ。頭を整理しながら一緒に考えてみよう!

ありがとうございます!宜しくお願いします!!

鬼指令:
運転液量、 粘度、 密度の3情報で、 撹拌槽の基本仕様をすぐ決めろ!

今回の鬼指令は、 限られた情報の中で撹拌槽の基本仕様を決定しなければならないというミッションです。 それでは、 「概算での見積依頼を受けた撹拌槽メーカーのエンジニアの頭の中」を覗いてみましょう。

撹拌槽メーカーが機器仕様を決める際、 ある思考ステップに基づいたものとなっています。
たとえば扇風機の強・中・弱の回転数が、 風を受ける人が感じる「涼しさの度合い」から決められているように、 撹拌槽も使用条件と目的により、 どの程度の「混ぜ具合」が適切なのか、 おおよその勘所(かんどころ)があるのです。
長年の経験と実績から、 顧客の「撹拌の目的(WHAT)」に合わせて、 この「混ぜ具合(HOW)」をどう判断できるかがメーカーの腕の見せ所とも言えるでしょう。

それでは、 メーカーエンジニアの仕様決定時の思考ステップを以下にご紹介します。

思考ステップ

  1. ①容器イメージ
  2. ②流れの評価(乱流か層流か?)
  3. ③インターナル考慮
  4. ④混ぜる強さの設定
  5. ⑤回転数の決定
  6. ⑥モータ容量の選定

ステップ1:
容器イメージ(=容器の形状・サイズを決める)

容器のサイズ感は、 1リッターとか1m3とかの容量で示す場合と、 内径500mm等の内径で示す場合があります。 バケツとかドラム缶くらいと言われると、 容量よりも内径の方がイメージしやすいかもしれませんね。
撹拌槽の設計のスタートは、 まずはどんな形状・サイズの容器を前提とするか?というところから始まります。 容器のプロポーションはLH(液高さ)/D(内径)の比で示されますが、 一般的には、 LH/D=1.0~1.5程度が効率的であると言われています。 容器プロポーションが細すぎると中~高粘度での上下濃度差が生じ易くなり、 太すぎると耐圧面で容器の板厚みが増大してしまいます。

図1 容器のプロポーション

容器のプロポーション

容器も中肉中背が良いのか…

容器のボトム形状を一般的な2:1半楕円とした場合の槽内径と液量の関係は、 LH/Dを変数にとると以下の式となります。

一般的なLH/D=1.2を取ると、 内径は式(2)となります。
エンジニアの頭の中では、 この簡単な式が暗記されており、 現場や会議室でも電卓でちょいと計算してイメージしているのです。

容器内径は、液量を1.14倍して1/3乗するだけ!簡単でしょ!

尚、 上蓋も2:1半楕円とし、 撹拌槽の全体容量(液+上部気相部空間容量)が、 液容量の1.2倍程度とします。
これで、 まずは、 容器のサイズ感が決まるのです。
ちなみに、 撹拌槽の底蓋の形状は、 2:1半楕円や10%皿型が一般的ですが、 各々の体積は、 以下で計算できます。 これくらいは暗記しておいていいでしょう。

ステップ2:
流れの評価(層流か乱流か?)

初級コース(その6)で説明しましたが、 撹拌槽内の流れの状況を知るには撹拌レイノルズ数を計算する必要があります。 液物性(粘度、 密度)と翼径と回転数がわかれば簡単に電卓で計算が出来ましたね。 しかし、 撹拌槽の仕様を決める段階で、 液物性は客先データシート等に記載されていますが、 翼径や回転数は「メーカーにて決定」となっていることがほとんどです。

では、 撹拌槽の回転数は、 一体誰が、 どうやって決めているのでしょうか?

回転数って誰に聞けばいいの…?顧客かな?エンジ会社かな?上司かな?

化学工学の教科書を見ても、 「液物性、 翼形状と回転数から消費動力を計算せよ」とか、 「ある動力になる回転数を計算せよ」とかの動力推算式を使った算数の問題は多くありますが、 新しく撹拌槽を製作する場合にどの程度の回転数にすれば良いかが書かれたテキストはないのです。
既存設備のリピートで、 お客様から翼径や回転数を指定される場合もまれにはありますが、 ほとんどは撹拌機メーカーのエンジニアが決めることになります。 その手順を以下に示します。 尚、 経験を積んだエンジニアは、 容器サイズと粘度を聞いただけで、 流れの状況をイメージできています。

流れの評価とは図2の如く大雑把に対数グラフの中でどの領域にいるかをみるものなので、 上記の仮の数値で大枠をおさえていれば問題ないでしょう。

図2 Np - Re 曲線

Np-Re曲線

ステップ3:
槽内のインターナルを決める。

流れの状況をみて、 乱流域であればバッフルを付けます。 通常は4枚平板バッフルとしますが、 付着等が問題になる場合は、 パイプバッフルを選定します。 槽内に伝熱コイルを入れる場合もコイルサポートが邪魔板の効果をもつと考えましょう。

ステップ4:
液粘度に見合った撹拌強度Pv値を設定する。

一般的な均一混合目的での撹拌強度の目安を図3に示します。
低粘度ではPv値が1kW/m3以下、 中粘度から高粘度なるにつれてPv値は、 2~5程度まで上がっています。

図3 液粘度と撹拌強度の関係

液粘度と撹拌強度の関係

ここでの撹拌強度の設定が、 扇風機でいうところの強~中~弱での設定になるのです。 夏の稽古部屋での汗だくのお相撲さんが欲しい強い風と、 春先の縁側でスヤスヤとお昼寝している赤ちゃんが欲しいおだやかな風の違いです。
ここでは粘度だけの評価を示していますが、 実際の設計の場面では低粘度でもガス吸収反応ではPv値を2~3kW/m3と強撹拌にして、 ガスを微細化することで吸収速度を上げるとか、 乳化重合ではせん断凝集によるフロック発生量を減らしたいので、 出来るだけゆっくり、 でも均一になる様に混ぜるとか、 目的に応じた「混ぜ具合」があるのです。
ここが本当の意味での教科書にない撹拌設計の醍醐味ですね。

ステップ5:
最終回転数を決める。

撹拌目的に適した撹拌強度Pv値が決まれば、 あとは化工計算を行う算数の世界になります。 Np-Re曲線からNp値を決めて、 回転数を逆算します。 Np値はパドル翼等の一般的な翼では化学工学便覧等での図や推算式から、 便覧にない大型特殊翼等は、 ウェブ等から直接にメーカーへ問い合わせして確認できます。 ただし、 Np値は翼形状だけで決まるものではなく、 液高さや邪魔板等の影響を受けるので注意が必要です。

ステップ6:
モータ定格容量を決める。

液量と単位動力から正味(撹拌抵抗分)の撹拌所要動力を計算し、 それにシール部の摺動抵抗とベアリングロス、 モータ効率等を加味して必要なモータ定格容量を選定します。 大雑把には、 設定した正味撹拌動力の1.3倍程度を定格容量として下さい。 ただし、 モータ定格容量は、 以下のように数値が飛ぶので注意が必要です。

定格出力(kW)

そうか、回転数は自分で決めるのか!

また1つ、大人になったな~

以上、 撹拌槽の基本仕様決定(取りあえず、 モータ選定まで)の思考ステップを説明しました。
いかがでしょうか?「なんだ、 思ったより単純で簡単な手順だな~」と感じましたか?
そうです、 ほとんどは簡単な算数の世界なのです。 たぶん、 会議室でホワイトボードに容器形状・寸法を描きながら、 電卓片手に30分もあればモータ選定までの基本設計は可能です。
しかし、 賢明な読者の皆さんは、 お気づきでしょう。 どうも、 「混ぜ具合」の判断基準が気になりますよね。

たとえば熱交換器の場合、 目的は熱の交換であり、 必要な交換熱量Q(W)は、 客先から指定されます。 メーカーは伝熱係数を計算して必要な伝熱面積をもつ装置を設計します。 しかし、 撹拌槽は装置の名称が「混ぜると言う手段」を示しており、 目的(WHAT)を示してはいません。 なんでもかんでも単位動力Pv=1.0kW/m3の「混ぜ具合」でいいとは限らないのです。
この撹拌槽を使ってお客様が何をしたいのか?を探って、 その目的に合った混ぜ具合を提案・設計することが本当の意味での『デザイン』なのです。

PageTop