前回の講座のなかで、幾何学的相似形でのスケールアップでは、単位液量当たりの伝熱面積が低下するため、伝熱性能面で不利になるとお伝えしました。実は、撹拌槽の伝熱性能には、伝熱面積だけでは語れない部分が数多く存在します。
今回はこの「撹拌槽の伝熱性能とはいったい何者なのか?」に関してお話しましょう。
さて、ここは、とある化学会社の試作用実験棟です。実験棟内には、10L~200L程度のパイロット装置が多数設置されています。そこで、研究部門のマックス君と製造部門のナノ先輩が何やら相談をしています。
そこへ、(今回出番の少ない)営業ウエダ所長が通りかかり、なにやら怒鳴っています。
事前に検討していることもあって自信満々のマックス君に対し、ナノ先輩の方は過去の経験から腑に落ちないところがあるようですね。
さて、皆さんは、この2人の会話から何を感じられたでしょうか?
さて、本講座その1で「撹拌操作の目的(WHAT)を知ろう!混ぜること自体は手段であって、その目的は別にある!」とお伝えしましたが、今回の場合、撹拌の目的は伝熱ですね。
では、撹拌槽の伝熱性能とは一体何で表されるものなのでしょうか?
「伝熱=熱を伝える」と書くから、移動する熱量の大小かな?そうです、一般的な多管式熱交換器と同様に、撹拌槽の伝熱性能(能力)は、単位時間あたりの交換熱量(W又はKcal/hr)で表されます。
交換熱量とは式(1)に示す通り、①伝熱面積A(エー)②総括伝熱係数U(ユー)③温度差⊿T(デルタティ)の掛け算で決まります。
通常、交換熱量Qを上げるためには、ジャケットや多重巻きコイルで伝熱面積Aを増やすか、プロセス液とジャケット・コイル側液との温度差⊿Tを上げることが有効です。特にこの2因子は交換熱量へ1乗でダイレクトに影響を及ぼすため、非常にありがたい因子なのです。
しかし、伝熱コイル等の多重化は槽内での滞留部や附着等の問題とトレードオフの関係となりますし、温度差もジャケット取り付け溶接部の疲労破壊やプロセス流体の焦げ付き等の問題を誘発するので、むやみに大きくはできず、撹拌槽のサイズに応じた常識的な範囲内で、ある程度決まる因子と言えます。
また、当然のことながら、この伝熱面積と温度差は直接的には撹拌条件(混ぜ方)による影響を受けない因子です(注:ただし、間接的には影響はあります:例えば、数千mPa・s程度の中粘度液では、滞留や附着の問題で伝熱コイルの巻き数は、パドルでは1重巻きが限界ですが、混合性能の高いマックスブレンド翼では2重巻きでも滞留が少なく運転可能となる場合があります)。
さて、問題は総括伝熱係数U値(ユーチ)です。まず、名前からして何とも不明瞭ではありませんか。「総括伝熱係数」ですよ。伝熱を総括する係数なんて、何となく偉そうですよね。しかし、このU値の正体をきちんと理解することで、撹拌槽の伝熱性能の意味を知ることが出来るのです。
では、そのU値の総括ぶりを解説していきましょう。U値は式(2)で表されます。
さすがは「総括さん」です。5つもの因子を総括されています。ここで、図1に各因子の場所を示します。つまり、熱が移動する際、この5因子が各場所での抵抗になっているということを意味しています。各伝熱係数の逆数(1/hi等)が伝熱抵抗であり、その各抵抗の合計が総括の伝熱抵抗1/Uとなり、またその逆数が総括伝熱係数Uと呼ばれているのです。
ここで重要なことは、伝熱係数の話をしている時に総括U値の話をしているのか? それとも槽内側境膜伝熱係数hiのような、U値の中の5因子のどれかの話なのか? を明確に意識すべきであるということです。
今回も美味しい食べ物を例に説明してみましょう。おでん好きの2人がその美味しさを語り合っているとして、いろんな具材が一串に揃ったおでんをイメージして語っているのか、味の浸み込んだ大根だけをイメージして語っているのか、この点が共有できていないと話は次第にかみ合わなくなってくることでしょう。
冒頭の二人の会話には、この意識の食い違いが起こっていました。マックス君が便覧で計算したのは槽内側境膜伝熱係数hiであり、ナノ先輩が小型装置では回転数を変えても温度変化の影響がなかったというのは、おそらく総括伝熱係数が大きく変わっていないことを示していたのです。
さらに、図2のように、一串のおでんの全高さを総括伝熱抵抗1/Uとした場合、その中の各具材高さの比率は液物性や撹拌条件により大きく変化するのです。よって、撹拌槽の伝熱性能を評価する場合には、全体U値の中でどの伝熱抵抗が律速になっているか?(=一串おでんの中でどの具材が大きいか?)を知る必要があるということです。そして、その大きな抵抗(具材)を、小さくする対策をまず検討すべきなのです。
図3に100Lサイズでの槽内液の粘度を変えた場合のU値内5因子の抵抗比率を示します。これを見るとプロセス液の粘度によって、U値内の5因子の抵抗比率は大きく変化することがわかりますね。
撹拌槽のU値は条件によりその大きさも変化しますが、U値内で律速となる大きな伝熱抵抗の因子も入れ替わっているということです。各装置および運転条件毎に、この5因子の構成比率を想定する必要があります。一番比率の高い因子の抵抗を下げる対策がとれなければU値を上げることは出来ないのです。100L程度の小型装置では槽壁金属抵抗(ちくわ)の比率が大きいので、低粘度液では回転数を上げて槽内側境膜伝熱抵抗(こんにゃく)を低減してもU値向上へあまり効果がないことを予測すべきなのです。
そう言う意味では、今回はナノ先輩の経験論が小型試験槽での低粘度液の現実の現象を予測できていたと言えますね。
また、この5因子を個別に見ていくと、hi以外はまったく撹拌の影響を受けていないことがわかります。これらは、容器の材質、板厚、附着や腐食等の表面汚れ度合い、ジャケット側の流体特性や流量および流路構造等で決まる因子であるためです。
実務のエンジニアの頭中には以下の常識(おおよその範囲内で)があります。
上記4因子の数値オーダは、撹拌条件に関係なく電卓で概略の抵抗値合計が試算できます。そして、この4因子の数値オーダが頭に入っていれば、残りの槽内側境膜伝熱係数hiの計算結果から、U値に占めるhiの比率を見て撹拌条件の改善が効果あるかを判断できるのです。
槽サイズ、プロセス流体粘度、容器材質等を見て、この比率がイメージできるようになれば、貴方はもう一流のエンジニアといえるでしょう!
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